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東京地方裁判所 昭和45年(行ウ)161号 判決

東京都荒川区西尾久四丁目四番一一号

原告

門田浅吉

右訴訟代理人弁護士

関原勇

鶴見祐策

東京都荒川区日暮里町七丁目四八三番地

被告

荒川税務署長

右指定代理人

山田巌

柳沢正則

根本孟郎

蟻坂欣一

宮地夏雄

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、原告

1  被告が昭和四〇年一二月二二日原告の昭和三九年分所得税についてした再更正のうち、所得金額九八一、〇〇〇円をこえる部分及び過少申告加算税賦課決定を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決

二、被告

主文同旨の判決

第二、原告の請求原因

一、原告は、肩書地において酒類等の小売販売を業とするいわゆる白色申告者であるが、昭和三九年分所得税について、原告のした確定申告、これに対する被告の再更正及び東京国税局長がした審査裁決の経緯は、別表一記載のとおりである。

二、しかし、被告がした再更正(審査裁決により維持された部分。以下「本件更正」という。)は、次に述べるとおり違法であるから、その取消しを求める。

(一)  本件更正の手続には、次のとおり違法がある。

1 税務署長が更正を行うためには、国税通則法第二四条の規定により、更正に先立つて適法な調査がされなければならない。しかるに、本件においては、被告の適法な調査は全くなかつたから、本件更正は調査に基づかない違法がある。

すなわち、原告方に臨店した被告係官は、調査の理由ないし根拠を原告に告げず、原告の質問にも一切答えようとしなかつたばかりか、極めて高圧的な態度に終始し、かつ、何年分の所得について調査するのかさえも明らかにしようとしなかつた。しかも、事前に何らの連絡もなく突然の臨店のため、折から多忙であつた原告は応接ができず、結局、係官はなすところなく立去つたのである。したがつて、適法な調査自体が存在しなかつたというべきである。

2 被告係官の臨店が質問検査権の行使であるとしても、その行使は違法であり、したがつて、この違法な調査を前提とする本件更正も違法である。

すなわち、原告は、昭和三九年分の所得税については、被告係官が臨店した当時、すでに確定申告書を提出し、かつ、申告に係る税額を納付していたから、所得税法第二三四条第一項第一号の「納税義務がある者」には該当しない。のみならず、申告以外に課税すべき所得があることが被告において相当程度の蓋然性をもつて推認される状況にあつたものではないから、同号の「納税義務があると認められる者」にも当たらない。したがつて、原告は質問検査権の対象とされるべき者には当たらない。

3 のみならず、原告に対し質問検査権を行使すべき必要性も全くなかつたし、その必要とする理由も告知されなかつたから、いずれにせよ質問検査権の行使は違法である。

4 右のとおり、原告に対する適法な調査がない以上、原告の仕入先等に対して行われた被告の反面調査はその必要性を欠き違法であり、したがつて、この違法な調査を前提とする本件更正も違法である。

5 所得税法は、青色申告の場合について更正に理由を附記すべき旨定めているが、更正は申告者の意思に反して行われるものであるから、その理由を示すべきことは、白色申告の場合においても変わりはないというべきである。このことは、憲法第三〇条、第八四条の精神からも当然のことである。しかるに、本件更正にはその理由が附されていないから違法である。

6 本件更正は、原告が会員となつている荒川民主商工会の組織破壊を目的として行われたもので、憲法第一四条、第二一条に違反し違法である。

(二)  本件更正には原告の所得金額を過大に認定した違法がある。

第三、請求原因に対する被告の認否及び主張

一、請求原因に対する被告の認否

請求原因一の事実は認めるが、同二の主張は争う。

二、被告の主張

本件更正は、次に述べるとおり適法である。

(一)  本件更正の手続に原告主張のような違法はない。

1 被告係官は、昭和四〇年一〇月一四日、同月一八日、同月二〇日、同月二一日、同月二六日、同年一一月四日原告の店舗に臨場し原告に対して調査したほか、原告の仕入先を調査しているから、適法な調査による更正であることは明らかである。

2 原告は、本件係争年分の確定申告書を昭和四〇年三月一五日被告に提出している者であるから、同確定申告書による税額の全部又は一部を既に納付しているか否かにかかわりなく、原告が所得税法の規定する納税義務がある者に該当する者であることは明らかである。

3 被告が原告に対する調査を必要と認めた理由は、次のとおりである。

被告は、原告の本件係争年分の確定申告に係る所得金額が、原告の昭和三七年分の所得金額一、四六九、一九六円及び昭和三八年分の所得金額一、七〇六、八〇〇円に比較して著しく過少であるにもかかわらず、それについて特段の事情が認められなかつたこと、原告の本件係争年分の確定申告書には、事業所得の金額について、所得金額が記載されているのみであつて、収入金額及び必要経費の記載がなく、さらに、所得金額の計算根拠を明らかにする計算書等も添付されていなかつたから、被告としては、原告の申告に係る所得金額が適正であるか否かを確認する必要があると認めたからである。

また、質問検査権の行使に際し、税務職員は納税者に対してその必要とする理由を開示すべき義務はない。

4 原告に対する調査は適法であるから、反面調査についての原告の主張はその前提を欠き理由がない。なお、原告が被告の調査に協力しないので、被告はやむを得ず反面調査をしたものである。

5 所得税法では、青色申告に係る更正をする場合を除き、更正の通知書には理由の附記を要しないと解されるから、本件更正に理由の附記がなくても違法となるものではない。

6 原告の主張するように、荒川民主商工会の組織破壊を意図し本件更正を行うなどということは、あり得ないことである。

(二)  本件更正における所得金額の認定は、次に述べるとおり正当である。

1 原告の本件係争年分の所得金額の算出根拠は別表二記載のとおりであるが、右のうち原告の争う事業所得金額については、次のような事情から推計により算出したものである。

すなわち、前記のとおり被告係官は、昭和四〇年一〇月一四日から同年一一月四日までの間六回にわたり、調査のために原告の店舗に臨場したが、原告の事業専従者である原告の長男は、具体的な理由もなく調査を断り、また民主商工会の事務局員らの調査への立会を認めないからとして調査を拒否した。したがつて、被告としては、これ以上原告に対する調査を行つても実額による所得金額の算出を期待することは不可能であると認め、被告の調査によつて判明した原告の仕入金額を基礎として原告の所得を推計せざるを得なかつたものである。

2 別表二記載の項目のうち、争いのある売上金額、一般経費、雇人費の算出根拠を説明する。

イ 売上金額 一八、五四六、三六六円

売上金額の算出については、売上原価一六、二三一、七八〇円を基準にして、荒川区西尾久で酒類小売業を営む個人事業者のうち、昭和三九年分の青色申告をした同業者の平均差益率一二・四八パーセントを用いて、次の算式により算出したものである。

(算式) 売上原価 差益率 売上金額

16,231,780円÷(1-0,1248)=18,546,366円

ロ 一般経費 六六七、六六九円

一般経費の算出については、売上金額を基準にして、前記の同業者の平均経費率三・六〇パーセントを用いて、次の算式により算出したものである。

(算式) 売上金額 経費率 一般経費

18,546,366円×0.036=667,669円

ハ 雇人費 二四三、五〇〇円

青山統司分 一七二、〇〇〇円

青山統司以外の分 七一、五〇〇円

青山分については、昭和三八年分における同人の給与二五二、〇〇〇円を基礎として、別紙記載の算式により推計したものであり、青山以外の分については、昭和三八年と昭和三九年の間において原告の営業状態には特段の変化はないと認められたので、昭和三八年分の雇人費三二三、五〇〇円から青山分二五二、〇〇〇円を控除した残額七一、五〇〇円と同額の経費を青山以外の雇人費として推計したものである。

第四、被告の主張に対する原告の認否及び反論

一、被告の主張第三の二(一)について

被告の係官が原告の店舗に四回臨場したこと及び原告の仕入先を調査したこと、原告が被告主張のとおり確定申告書を提出していることは認めるが、その余は争う。

二、被告の主張第三の二(二)について

(一)  別表二記載の事業所得のうち、売上原価、雑収入、退職金、建物減価償却費、支払地代、専従者控除額並びに不動産所得及び譲渡所得は認めるが、その余の項目の金額は争う。

(二)  被告は、原告の事業所得金額を推計により認定しているが、推計する必要性はない。

すなわち、原告は被告係官から直接質問なり検査要求を受けたことはなく、原告の長男も調査を拒否した事実はない。したがつて、原告の調査拒否により実額計算が不可能であつたとの被告の主張は理由がない。

(三)  被告の推計は合理性がない。すなわち、原告の店舗は、周辺に顧客が少なく、劣悪な立地条件にあるため、飲食店向けの取引で売上をまかわなければならず、大幅な値引き販売を行つていた。したがつて、その差益率は低く、被告の主張する「同業者」の比率による推計は、合理性を欠くといわなければならない。しかも被告は、「同業者」の氏名、住所、業態、立地条件等を明らかにしないから、被告の主張する推計の合理性を認めることはできない。

(四)  事業所得の算出根拠のうち争いのある項目について、原告の主張する金額は次のとおりである。

売上金額 一八、一四四、二七八円

一般経費 五二五、四〇〇円

特別経費

雇人費 六八四、〇〇〇円

(その明細は別表三記載のとおり。)

支払利息 四〇、二〇〇円

第五、原告の反論に対する被告の認否

原告の反論は全て争う。

第六、証拠

一、原告

(一)  甲第一号証を提出。昭和四九年一一月一四日原告が昭和三九年当時使用していたレジスターを撮影した写真である。

(二)  証人立川晃一、同吉原利一及び同門田吉良の各証言を援用。

(三)  乙第六号証、第七号証、第九号証の成立並びに第八号証、第一〇号証、第一一号証の原本の存在及び成立は認めるがその余の乙号証の成立は知らない。

二、被告

(一)  乙第一号証から第一一号証までを提出。

(二)  証人蔵谷昭造、同掛谷浩之、同西谷泰治及び同佐藤輝雄の各証言を援用。

(三)  甲第一号証が原告主張の日に撮影したレジスターの写真であることは認めるが、その余は知らない。

理由

一、原告の請求原因第二の一の事実は、当事者間に争いがない。

二、そこで、本件更正が原告主張のように違法であるか否かについて判断する。

(一)  手続の違法性について

1  原告は、本件更正は被告の適法な調査に基づいていないから違法であると主張する。

成立に争いのない乙第六号証、証人蔵谷昭造の証言により真正に成立したと認められる乙第三号証及び同証人の証言を合わせると、被告が原告の本件係争年分の所得金額の調査及び本件更正をするに至つた事情は、次のとおりであることが認められる。

原告の本件係争年分の事業所得については、確定申告書に所得金額の記載がされているのみで、収入金額、必要経費その他の明細の記載はなく、かつ、右所得金額は前年分及び前々年分の更正に係る所得金額と比較すると著しく低く、原告の確定申告の信憑性に疑いが持たれたため、被告において調査対象者に選定されたこと、被告係官蔵谷昭造は、昭和四〇年一〇月一四日から同年一一月二五日まで前後七回にわたり、原告の店舗に本件係争年分の原告の所得調査のため、その旨を告げて臨店したが、原告自身は病気で対応ができず、うち四回は原告の妻が原告の事業専従者であり原告の長男門田吉良の不在を理由に調査に応じなかつたこと、長男が在宅していた場合においても、同人は、ただ都合が悪いこと、民主商工会事務局員の立会いのないこと等を理由に調査に応ずる態度をみせず、被告係官の質問にも答えず、帳簿書類等一切提示せず、その備付けもなかつたこと、そこで被告としては、これ以上原告に対する調査を行つても実額による所得金額の算出を期待することは不可能であると判断し、仕入先に対する反面調査により仕入金額を把握し、これを基礎として原告の所得を推計し、本件更正を行つたこと。

以上の事実を認めることができる。証人門田吉良及び同立川晃一の証言中には、臨店した被告係官蔵谷昭造が威圧的、挑発的な態度をとり、さらには門田吉良を突きとばす等の行為に出た旨の供述がみられるが、前掲各証拠に照らして採用し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

右認定の事実によれば、被告は調査に基づき本件更正を行つたことは明らかであり、かつ、調査に際し調査の理由ないし根拠を相手方に告げることや、事前に連絡することが法律上要求されているわけではないから、そのような告知、連絡がないからといつて、原告の主張するような違法な点はないといわなければならない。よつて原告の右主張は理由がない。

2  原告は、所得税法第二三四条第一項第一号の「納税義務がある者」又は「納税義務があると認められる者」に当たらないから、原告に対する質問検査権の行使は違法であり、したがつて本件更正も違法であると主張する。

しかしながら、同号の「納税義務がある者」とは、法定の課税要件がみたされて客観的に納税義務を負担しながら未納付の者又は当該課税年が開始して課税の基礎となるべき収入の発生があることによりその年分の所得税の納付義務を将来負担するに至るべき者をいい、また「納税義務があると認められる者」とは、権限ある税務職員の判断によつて、右の意味における納税義務がある者と合理的に推認される者をいうものと解される。したがつて、原告が本件係争年分の確定申告書を提出し、かつ、申告税額を納付したからといつて、右の「納税義務がある者」又は「納税義務がある者と認められる者」に当たらないということはできず、前認定の事実関係によれば原告がこれに該当することは明らかである。よつて、原告の右主張は理由がない。

3  原告は、原告に対する質問検査権の行使は、合理的な理由及び必要性がなかつたし、かつ、その理由の告知がなかつたから違法であり、したがつて本件更正も違法であると主張する。

しかしながら、前認定の事実によれば、原告に対し質問検査権を行使すべき必要性のあつたことは明らかであり、また、質問検査権の行使に際し、調査の理由及び必要性を告知すべきことは、何ら法律上要求されていないから、原告の右主張は理由がない。

4  原告は、反面調査が違法であるから、本件更正も違法であると主張する。

しかしながら、原告自体に対する調査が違法である旨の原告の主張は、前記のとおり理由がないし、被告が原告の仕入先を反面調査したのは、前認定のとおり、原告の事業所得金額を把握する必要があり、かつ、原告に対する調査によつてはこれを把握し得なかつたからであるから、原告の右主張は理由がない。

5  原告は、本件更正の通知書には更正の理由が附記されていないから、本件更正は違法であると主張する。

しかしながら、青色申告の場合とは異なり、白色申告の更正には、その通知書に更正の理由の附記を要しないと解されるから、原告の右主張は理由がない。

6  原告は、本件更正は原告が会員となつている荒川民主商工会の組織破壊を目的として行われたものであるから違法であると主張する。

証人立川晃一の証言中には右主張にそう部分があるが、右供述部分は伝聞又は推測に基づくもので信憑性に乏しく、その他本件全証拠を検討してみても、被告及び所部の職員において、荒川民主商工会の組織破壊を目的として本件更正をしたとの事実は、これを認めることができない。したがつて、原告の右主張は理由がない。

(二)  所得金額認定の違法性について

原告の本件係争年分の不動産所得及び譲渡所得の金額については、当事者間に争いがないので、事業所得金額の認定の適否について検討する。

1  別表二記載の事業所得のうち、売上原価、雑収入、特別経費のうち退職金、建物減価償却費及び支払地代並びに専従者控除額については、当事者間に争いがない。

そこで、争いのある売上金額、一般経費、特別経費のうち雇人費、支払利息について検討する。

イ 売上金額

被告は、売上金額を推計により算定したのであるが、原告が白色申告者であることは争いがなく、前認定の本件更正がされるに至つた事情を考慮すれば、被告が実額計算により原告の事業所得を認定することはとうてい不可能であり、推計方法により算定したことは当然といわなければならない。

そこで、被告の推計の方法が合理的であるかどうかについて検討する。

証人佐藤輝雄の証言により真正に成立したと認められる乙第一号証、第二号証に同証人の証言を合わせると、

東京国税局長は、昭和四五年一一月二一日付で被告に対し、荒川区西尾久に事業所を有する青色申告者で酒類小売業を営む個人事業者(ただし、歴年事業を継続しているもので、申告納税額があり、申告是認、更正等を行つた者に限り、かつ、年の中途において転業等をしたもの、不服申立期間を経過していないもの、不服申立てをし審理中の者等特殊事情を有する者を除く。)全員の昭和三九年の売上金額、売上原価、差益金額、一般経費、差益率(差益金額を売上金額で除したもの)、経費率(一般経費を売上金額で除したもの)につき、青色申告決算書に基づいて報告するよう求めたこと、被告は同年一一月二八日付で、その調査結果を東京国税局長に対し報告したが、右報告によると、前示条件に該当する酒類小売業者全員(七名)の平均差益率は一二・四八パーセント、平均経費率は三・六〇パーセントであることが認められ、他に右認定に反する証拠はない。

右認定の事実によると、被告が本訴において主張する同業者の平均差益率算出の対象となつた同業者は、原告と同様荒川区西尾久に事業所を有する同業者であることが明らかであり、同業者の抽出基準に合理性があり、その抽出について恣意の介在する余地はなく、かつ、被告の調査は青色申告書に基づいており、前示の特殊事情のある者を除き相当数の同業者を対象としているから、その正確性及び一応の普遍性が担保されているというべきである。したがつて、このような同業者の平均差益率及び経費率を基礎に原告の所得を推計することは合理的と解するのが相当である。

そこで、前掲売上原価と右の平均差益率により売上金額を計算すると、次の算式に示すとおり、売上金額は一八、五四六、三六六円となる。

売上原価 平均差益率 売上金額

16,231,780円÷(1-0.1248)=18,546,366円

もつとも、原告は、原告の店舗は劣悪な立地条件にあるため、その差益率は低く、被告の主張する差益率による推計は合理性がない旨主張する。

証人門田吉良の証言中には、原告の店舗は立地条件が悪いため業務用向けの販売が多く、したがつて値引き率が高い旨の供述がみられるが、これを裏付けるに足る証拠はないのみならず、原本の存在及び成立について争いのない乙第八号証、同証人の供述の一部及び証人蔵谷昭造の証言によれば、原告の店舗は商店街に位置し、間口四、五間で約一五坪の店舗面積を有し、西尾久附近としては中程度の規模をもつ通常の酒屋であることを認めることができる。のみならず、同業者の平均値による推計である以上は、業者間に通常存在する程度の立地条件の差異は無視しうるというべきである。また、証人門田吉良の証言中には、原告主張の売上金額は民主商工会より教示された差益率を適用して算出した旨の供述があるが、右の差益率なるものの合理性について、これを裏付ける証拠は何もない。他に被告の主張する平均差益率による推計を不合理ならしめる特段の事情については、これを認めるに足る証拠はない。

また、原告は、同業者の氏名、住所、業態、立地条件等を明らかにしないでこれを推計の資料に供することは合理的でない旨主張する。

しかしながら、被告が確定申告により知りえた納税者の売上金額、経費等を住所・氏名とともに開示することは、所得税法第二四三条の規定に牴触し許されないものといわなければならない。そして、同業者の住所・氏名等を開示しなくても、本件のように同業者の抽出基準が合理的であり、抽出について恣意の介在する余地がなく、その資料の正確性が担保されている場合においては、かかる資料により算出された平均値を基礎に所得を推計することは、何ら不合理なものとはいえない。

よつて、原告の右主張は理由がない。

ロ 一般経費

一般経費について、被告は六六七、六六九円を、原告は五二五、四〇〇円を主張しているから、五二五、四〇〇円の限度では、当事者間に争いがない。

ところで、一般経費の額についても、実額により把握することができない場合には、同業者の一般経費率の平均値によりこれを推計することは、特別の事情のない限り合理性があるというべきところ、前認定のとおり同業者の平均経費率は三・六〇パーセントであるから、これにより一般経費を算定すると六六七、六六九円となる。

ハ 雇人費

(青山統司分)

青山に対する雇人費について、原告は一三五、〇〇〇円と主張し、被告は一七二、〇〇〇円と主張するけれども、原告は雇人費全体としては、被告の主張額を超える金額を主張しているのであるから、全体としてみれば、被告の主張額を争わないものと認められる。

(青山統司以外の分について)

原告は、別表三2から7まで記載のとおり雇人費を支出したと主張し、証人門田吉良の証言並びに前掲乙第八号証原本の存在及び成立について争いのない乙第一一号証(いずれも別件門田吉良の証人調書)には右の主張にそう部分があり、また証人吉原利一の証言中には、別表三5横山健治に関し原告の主張にそう供述部分がある。しかしながら、吉原証人の証言は漠然としていて門田証人の証言等を補強するに足るものとはいえず、門田証人の証言等も成立に争いのない乙第七号証、原本の存在及び成立について争いのない乙第一〇号証、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第五号証に照らすと直ちに採用し難く、原告主張の日に撮影したレジスターの写真であることについて争いのない甲第一号証も、当時横山健治が原告方の雇人であつた事実を裏付けるに足るものとはいえない。したがつて、原告の主張する雇人雇用の事実は必ずしも明らかでないというべきである。まして、その雇人費の金額については、門田証人の証言中にこれにそう供述があるのみで、他にこれを裏付けるものは全く存在しない。そうすると、原告主張の雇人費を実額により算定するに足る証拠は何もないといわなければならない。

ところで、成立に争いのない乙第九号証によれば、前年には青山に対し二五二、〇〇〇円二人の女性に対し計七一、五〇〇円合計三二三、五〇〇円の雇人費が支払われていることが認められ、門田証人の証言によれば、原告は病気のためほとんど働いておらず、同証人と青山が中心となつて働いていたが、青山も昭和三九年六月頃退職していることが認められるから、係争年においても、営業規模に特段の変化が認められない以上、青山に代る他の使用人を含め前年と同程度の稼働力を必要としたであろうことは、容易に推認することができる。そして前認定の本件係争年分の売上金額一八、五四六、三六六円は、前掲乙第九号証により認められる前年の売上金額二一、五九五、五〇六円と比較するとやや減少しているから、賃銀上昇分を考慮したとしても、雇人費は全体として前年分三二三、五〇〇円を超えることはなかつたと推認するのが合理的である。

この点について、被告は、前年分の青山分以外に支出した七一、五〇〇円と同額を計上すべきであると主張するけれども、青山が年の中途で退職し、それに代る労働力を必要としたと考えられること前認定のとおりであるから、単に右の金額を計上することは合理的とはいえない。

そうすると、右三二三、五〇〇円から青山分を差引いた残一五一、五〇〇円が青山以外の分の雇人費と推認すべきである。

したがつて、雇人費の合計は、三二三、五〇〇円と認めるのが相当である。

ニ 支払利息

原告は四〇、二〇〇円の支払利息があると主張するけれども、右事実を認めるに足る証拠はないから、原告の右主張は理由がない。

3  以上の理由により、特別経費の合計額は五六六、四〇〇円となるから、事業所得の金額は一、五一四、三一九円となる。そうすると、本件係争年分の原告の総所得金額は一、四三五、三一九円となり、本件更正に係る所得金額を上廻るから、所得金額の認定についても違法はないといわなければならない。

三、よつて、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 杉山克彦 裁判官 時岡泰 裁判官吉戒修一は、転官のため署名捺印することができない。裁判長裁判官 杉山克彦)

別表一

〈省略〉

別表二

1 事業所得 一、五九四、三一九円

〈省略〉

2 不動産所得 八一、〇〇〇円

3 譲渡所得 △ 一六〇、〇〇〇円

4 総所得金額(1+2+3) 一、五一五、三一九円

別表三

雇人費の明細

1 青山統司 一三五、〇〇〇円

2 針谷国宏 四二、〇〇〇円

3 針谷通子 四九、〇〇〇円

4 広川晴美 五〇、〇〇〇円

5 横山健治 一四五、〇〇〇円

6 菊地美津 一八五、〇〇〇円

7 小永吉孝 七八、〇〇〇円

合計 六八四、〇〇〇円

別紙

(算式)

(イ) 昭和38年分の月額平均 252,000円÷14ヵ月=18,000円

賞与年2ヵ月分を見込んで14ヵ月で除算して求めた。

(ロ) 昭和39年分の月額平均 18,000円+1,000円=19,000円

1年経過後の昇給額を月俸の5.5パーセントに当たる1,000円と見込んで加算した。

(ハ) 昭和39年8月退職時までの給与 19,000円×8=152,000円

(ニ) 昭和39年夏期賞与 20,000円

1ヵ月分19,000円を原告有利に20,000円と推定した。

(ホ) 青山統司の昭和39年分給与推計額(ハ)+(ニ)=172,000円

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